川の深さは

優れた舞台演出のコツは、役者に気づかせないことです

 午後六時半。どのチャンネルを回しても、聞こえてくるのはそんな声ばかりだった。向き合うソファに座り、テレビのリモコンをいじっていた老人は、「憎まれ上手だな」と垂れぎみの頰をさらにたるませて言った。男は唇を微笑の形に歪めて、返事の代わりにした。
「適材適所。どんな役回りにも、ふさわしい人材はいるということか?」
「優れた舞台演出のコツは、役者に気づかせないことです」冷めかけたコーヒーカップを手にして、男は口を開いた。「いま自分が舞台に上がっているのだという事実をね」

福井晴敏 川の深さは 講談社文庫

ねこです。

いま じぶんが ぶたいに あがっているという じじつに きづかないまま かいえんは まずいです。
もしも ねこが げきだんしきの キャッツに きづかないまま あがっていたら
いぬの おまわりさんいじょうに こまってしまうこと まちがいなし。
とはいえ キャッツなら まだなんとか ねこでも いけるきがしますが
うっかり ライオンキングの ぶたいに あがっていたら どうすればいいのでしょう。
ねこは ネコにはなりきれても ライオンは にが おもい。
おおにしライオンさんの「しんぱい ないさー」も ぶたいには とどきません。

げきだんしきは「カモメにとぶことをおしえたネコ」とか「にんげんになりたがったネコ」とか
ネコモチーフの げきが おおいきがします。
きっと ネコずきの ひとが おおいのだとおもいます。
とてもよい げきだんです。
そういえば ゾウのでてくるげきも やっていたので ゾウずきの ひとも いるっぽい。
ねこは ゾウさんも キリンさんも すきなので げきだんしきは おうえんしたいです。

さっちゃんは、なぜ死んだのか?

意味は訊くもんじゃなくて、自分で探すものよ

「噓は、一概に悪いと言い切れない。噓で救われる人もいる。“恨み”もそうよ。恨みの対象を具体化することであなたが救われるというなら、私は止めない」
「 ……… 」
「でもね。これだけは分かってちょうだい。方便は、過程に過ぎない。だからどんなに回り道をしてもいいけれど、いつかは真実を見出さなくちゃいけないのよ。それが、悟るってことなの」
「………」
「悟りの境地にたどり着けば、あなたもきっと変われる。ううん、世界が変わる。だから、つぐみさんにも、そんな悟りの境地にいつかは到達してほしい」
「あなたは、悟りの境地に到達したんですか?」
「私はまだまだかな。私もその過程の途中。でも、もうすぐな気がするの。徐々に変わりはじめている。…… つぐみさん、あなたがこうやって訪ねてくれたのも、世界が変わったひとつの証拠ね」
「どういう意味ですか?」
「意味は訊くもんじゃなくて、自分で探すものよ」

真梨 幸子さっちゃんは、なぜ死んだのか?(講談社文庫)

ねこです。

いみは じぶんで さがすもの。
ふかいです。
さいきんは なにかと ChatGPTさんに きいてしまいがち。
そして ときどき うそを おしえられがち。

くちぶえは なぜ とおくまで きこえるのか。
あのくもは なぜ わたしを まっているのか。

こたえは じぶんで さがさないと いけないのです。
ちなみに ねこは こっそり ずるをして ChatGPTさんに きいてみました。

“にんげんの みみが ききとりやすい たかいおとで
しかも おとが するどく まとまっているから”

だそうです。
そして くもに いたっては

“くもは かなり とおくにあるので くものいちが あまりかわらず、
「ずっとついてくる」ようにみえる”

と だいぶ げんじつてきな かいとう。
すごく あじけない。
やっぱり いみは じぶんで さがしていきたいです。

男ともだち

春は柔らかい色をしているくせに寒い

 ハセオも私も常に恋人がいたのに、なぜかいつも一緒にいた。ハセオが大学を卒業して、それとなく離れていくまで。だから、思い返してみると、いつも、といっても一緒にいたのはたった二年ほどだったのだ。それなのに、大学の記憶を辿ると、景色の中にいつもハセオの姿がある。
 最後に見た日は私の卒業式だった。
 構内は華やぐ袴姿の人の群れで溢れていて、あちこちで桜が散っていた。
 桜の開花の早い年だった。濃い桃色の河津桜はもちろんのこと、私の好きな大島桜も白い花を咲かせていた。
 同じ学部の仲間たちと卒業証書を持って写真を撮り合った。笑ってはいたけれど、本当は寒くて早く終わらないかと思っていた。春は柔らかい色をしているくせに寒い。輪郭がおぼろで胸のうちがさざめく。

千早茜 男ともだち(文春文庫)

ねこです。

3がつ、4がつと はるいちばんが ふいたり さくらが さいたり
あきらかに きせつは はる!って かんじなのに
いがいと きおんは あがらず かぜは つめたく はるっぽく ないことが おおいです。
でも その さむさが そつぎょうしきや にゅうがくしきの おもいでを いろこくしているのかも。

こうこうの そつぎょうしきの ころは
ひっこししたり きょうしゅうじょに かよっていたり
がっこうがいのことが いろいろありすぎて よけいに そつぎょうしきの きおくが ありません。

そもそも おねいさんは そつぎょうしきのあと そっこー いえに かえっていたので
そつぎょうしきの おもいでは あんまり なかったりもしますが。

そんなわけで そつぎょうしきの おもいでは あんまり ありませんが
しょうがっこうの そつぎょうしきのあと こうはくまんじゅうを もらったのは きおくにあるみたい。
だんしが そつぎょうしきのあと そっこー たべてて おやに おこられるまでがセット。
おねいさんの こうはくまんじゅうは どうしたのか おぼえていませんが
ちょっぴりしょっぱいぶん あまさが ひきたっていた
そんな きが するのです。