ソウルケイジ 警部補 姫川玲子

その場を金ですませるより、以後の仕事で示すことの方がよほど難しいのだ

 たまには上手くいかないこともあった。施主に話が違うと、工事が終わってからごねられたり、こっちが設計図を読み間違え、仕事を仲介した工務店に工事代金をカットされたこともあった。だがそれも、いい経験だった。私にとっても、耕介にとっても。
 だから、決めた通りの日当を耕介には払った。遠慮しても、私は必ず押しつけた。甘い、といわれればそうかもしれない。だが、耕介はその意味をちゃんと分かっていた。その場を金ですませるより、以後の仕事で示すことの方がよほど難しいのだ。そして耕介は、二度と同じ失敗はしなかった。私はそれを、何より誇らしく思った。

誉田 哲也. ソウルケイジ 警部補 姫川玲子 (光文社文庫)

ねこです。

しっぱいを つぎの しごとで とりかえすことの むずかしさ、
わかります。
おねいさんも しっぱいに しっぱいを かさねて
いっぱい しっぱいしてきました。
でも つぎの しごとで とりかえしてきたかでいうと
ごぶごぶってかんじ。
つまり とりかえせていないりつ 50%。
これは まずいです。

「しっぱいは せいこうのもと」ってことばも ありますが
いやどうかんがえても むりっしょって ものもあります。
どんなに がんばっても
「しょっぱい しあいで すいません」
って あやまらなければいけないこともあるのです。

でも なんとなく ぜんりょくで しっぱいしたときは ゆるされるかんじがします。
しっぱいしても しょっぱいしあいでも
つねに ぜんりょくで ありたいです。

彼女が最後に見たものは

僕なら誰にも泣かないでもらいたいです

「僕なら誰にも泣かないでもらいたいです」
 泣いてくれる人がいてよかった、というさっきの言葉への返答なのだと気づいた。
「え、そうですか?」
「ええ。そうです」
 そうだろうか、と岳斗は自分に置き換えて考えてみた。いや、やはり泣いてくれる人がいないのはさびしい。誰からも愛されず、誰ともつながっていない人間なのだと感じられてしまう。死を受け止めてもらえないということは、存在そのものを無視されたことになるのではないだろうか。
「でも、泣いてくれる人がいないとさびしくないですか?誰にも相手にされない人みたいで」
 岳斗は考えたとおりを言葉にした。
「僕は笑ってほしいです」
「え?死んだら笑ってほしいんですか?」

まさきとしか.彼女が最後に見たものは(小学館文庫)

ねこです。

おねいさんは なみだもろいことで ゆうめいですが、
ひとの しに ちょくめんしたときは あまり なきません。
ひとは いつか しぬものという しゅうきょうかんを もっているからかも。
でも まわりの ひとの おもいとか きもちとか そういうめんで かんじとって
ないてしまうことが あります。

ねこも おそらに いくときは おねいさんには わらっていてほしいです。
たのしい おもいで たくさん おもいだしてほしいです。
いちばんに おもしろいことを おもいだしてもらえるよう
おもしろい わざを たくさん ひろうしておきます。
そうすることで ねこの おもいでで えがおに なれるはず。

まずは ロボットいつきひろしさんの モノマネを マスターしたいです。
ユーキャンで まなべるか しらべてみます!

カイシャデイズ

あのとき語り合った夢をおれたちは実現できたのだろうか。

「チーフは江沢リーダーと呑みにいったことないですか」
「昔はちょくちょくいってたが最近はない」
 十数年前のことを高柳は思いだした。
 酒の席ではお互いの仕事の不平不満から始まり、会社や上司の悪口をしこたま吐きだした。そのあとどうすれば会社がよりよくなるか真剣に議論を重ねた。このままではココスペースはだめだ、きたる二十一世紀にはわれらで改善をはかり、より発展させよう。恥ずかしげもなくそうした会話を日々、くりかえしていた。
 二十一世紀がやってきてもう十年近い。
 あのとき語り合った夢をおれたちは実現できたのだろうか。

山本幸久.カイシャデイズ(文春文庫)

ねこです。

わかいころは どうりょうと しごとがえりに のみにいったりして
わかいからこその どうにもならない もどかしさを おさけで のみながすと ききました。
おねいさんも しんじんのころは 1こうえ 2こうえの せんぱいに つれられ
のんだり のまされたり ハングリータイガーたべたりの ひびでした。
せんぱいや どうりょうや おねいさんが あつくなればなるほど
りょうりはさめ、さしみはひからび、からのジョッキだけが テーブルにならぶ
そして とちゅうのえきまでしかいかない しゅうでんにのり えきから トボトボ あるく
いわゆる わかげのいたりって やつです。

だんだん しゃかいのことや かいしゃのことが わかってくると
そういうものなんだと みょうに ものわかりが よくなってしまい
「じぶんたちが かえていくんだ!」みたいな ねつりょうは さめて
そのぶん ハングリータイガーの おにくは あつあつで
ただただ むごんで ひたすらに おにくを たべるのでした。

しゅうしょくしたら おとなになるものだと おもっていたけれど
こうやって そこから またいちだん おとなになることを しりました。

ときはたち おねいさんも それなりに えらくなり
いまこそ かいしゃを ちょっぴり かえられるような たちばになってきたけれど
おねいさんの つくった このかんきょうを「じぶんたちが かえていくんだ!」と
りょうりがさめるほど あつくかたるべく のみにいく しんじんたちを みていて
なつかしくなる おねいさんなのでした。