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だれかのいとしいひと

こうしよう、と思っていてもおかしな方向にものごとが進んでいくことはある

「未練とか、後悔があると思わないでください、ぜんぜん違うんですから。ただ、もしあのとき人身事故がなかったら。もしスターバックスで待ち合わせをしていなかったら。もし携帯が留守番電話になっていなかったら。もしなかちゃんが中野に住んでいなかったら。もしなかちゃんたちの記念日じゃなかったら。もしあの日夫が記念日を覚えていたら。一個でも『もし』が現実になっていたらぼくたちはまた違う場所にいることになったんだろうし、でも実際、その一見なんのつながりもない『もし』は全部起きた。もし、ぼくが隣のホテルに帰って、部屋がもぬけの殼でも、きっとぼくは驚かないような気がするな」
 その話を聞きながらなぜか私は、男の話とはまったく関係がない、今回のハワイいきの経緯を思い出していた。こうしよう、と思っていてもおかしな方向にものごとが進んでいくことはある。ここにいたかったのにどこかへいかなくてはならないとか。自分の足である場所へきてしまったのにその理由がさっぱり思いあたらなかったりとか。

角田光代.だれかのいとしいひと(文春文庫)

ねこです。

けいかく を たてている とき の たのしさ は いじょう。
むしろ けいかく たてた じてんで たっせいど 95% ってかんじ。
そのあとのことは おまけです。

なので おまけ で おかしな ほうこう に すすんでも
それはそれで いたしかたなし。

だいたい いざ はじめてみると いろんなことが とつぜん ふってくるものです。
あめ も ゆき も ほし も はる も ラブストーリーすらも です。
そんなことに いちいち じゅんび してられない!

ねこ は ラブストーリーはとつぜんに!の せいしん で
これからも がんばっていきます。

キッドナップ・ツアー

ほかのすごく大事なことを選べるようになると、選べなかったことなんかどうでもよくなっちゃうの

 どうして母親とかきょうだいとか、自分で選べないんだろうって、何度も考えた。だってずっといっしょにいる、すごく大事なものなのに、それだけは、絶対に選べないんだよ。友達は選べる。服だって、食べ物だって、学校だって、なんだってその気になれば自分で選べるのに、家族だけは選べない。それってちょっと、ちょっと、まちがってるんじゃないのって、私はずっと考えてる子供だったの。
 ゆうこちゃんになぜそんな話を突然するのかときくことはできなかった。なぜだか私はそのときとてもどきどきしていた。もっと続きがききたかった。それで?ときこうとしたときピザが運ばれてきて、さあ食べよう、とゆうこちゃんは言った。
 今もきらいなの、私はピザを一切れ食べたところでゆうこちゃんにきいた。
 きらいじゃない、それほど。ゆうこちゃんは答えた。
 なんで?もう一度きくと、ゆうこちゃんはいつもの、秘密をこっそり打ち明けるような顔つきで、ほかにすごく好きなひとができたから、と答えた。
 何それ、全然わかんない、私は言った。ゆうこちゃんはピザのチーズをうんと伸ばしてみせて、でしょうね、と笑った。ゆうこちゃんはピザを飲みこんでからもう一本ワインをたのみ、それもまたぐいぐいと飲んでしまい、こう言った。
 ほかのすごく大事なことを選べるようになると、選べなかったことなんかどうでもよくなっちゃうの、きらいなら忘れちゃってもいいんだし、好きならいっしょにいてもいいんだし。それくらいどうでもよくなって考えてみると、それほどきらいでもないってことがわかったから。だから私、よくあんたんちに遊びにいくでしょ。

角田光代.キッドナップ・ツアー(新潮文庫)

ねこです。
えらべるように なってくると じぶん の えらんだもの いがい
けっこう どーでも よくなってくるもの。
おねいさん も じっか の ときは いろいろ もんく いってたけど
ひとりぐらし してから あんまり もんく いわなくなったよ。
ちなみに ひと が きょうだい を えらべないように
ネコ も かいぬし を えらべません。
ねこ は おねいさん の おかげで わりと じゆうに やっています。
そと を さんぽ したり いえ で おひるね したり
いんたーねっと を したり まんきつ してます。
おねいさんには かんしゃ かんしゃです。

対岸の彼女

帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ

「ほーらー、ナナコ!次の電車、一時間後だよ!乗ってよー」
 電車の入り口から身を乗り出して葵は叫んだ。けれどナナコは身動きせず、顔も上げない。
 駅員の吹く笛の音がちいさなホームに響き渡り、葵は仕方なく電車を飛び降りた。電車はドアを閉め、ホームに二人を残してゆっくりと走り去る。電車を降りてきた人々は、収集箱に切符を入れ、改札を出ててんでんばらばらに歩いていく。
「どうした、ナナコ」
 ベンチに近づきながら、ナナコの様子がへんであることに葵はようやく気づく。
「どっか痛い?忘れもの?亮子さんになんか言い忘れた?」
 ナナコの前にしゃがみこみ、子どもにそうするように葵はゆっくりと、できるだけやさしい声で訊いた。
「アオちん、あたし」
 うつむいたナナコが、絞り出すような声でつぶやく。
「うん、何さ、言ってみ」
 葵はナナコの膝に手をかけて訊く。ナナコは少し顔を上げ、しゃがむ葵と目を合わせた。「あたし、帰りたくない」
 ナナコは言った。
「あたしだって帰りたくないよー」葵は笑ったが、それを遮ってナナコはくりかえす。
「アオちん、あたし帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない」
 ナナコのまるい目玉から、ぎょっとするほど大きな水滴がぼとりと落ちる。
「帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ」
 ナナコは膝に置かれた葵の両手を強く握りしめてくりかえした。

角田光代.対岸の彼女(文春文庫)

ねこです。

かえりたくないひ も ひと は いえ に かえらないと いけないんだって。
すうがく の テスト で 0てん を とった ひ も
のみすぎて かえり が おそくなっちゃって げんかん で オニ が たちはだかる ひ も。

どこかへ いこうと しても ずっとずっと さきまで いけるわけではなく かならず かえらないと だめらしいよ。
そして かえると また すこし さき へ すすめたり なにか に きづいたり なにか を えたりするみたい。

おねいさん は ざんぎょうちゅう
「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」と まいにち の ように つぶやいているそう。
ざんぎょう が なく かえれる ひ に かぎって しゃりょうこしょう で でんしゃ が とまったりするので ざんねん な かんじです。
きょう も「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」とつぶやいているのかも。

おなか すいた。