対岸の彼女

帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ

「ほーらー、ナナコ!次の電車、一時間後だよ!乗ってよー」
 電車の入り口から身を乗り出して葵は叫んだ。けれどナナコは身動きせず、顔も上げない。
 駅員の吹く笛の音がちいさなホームに響き渡り、葵は仕方なく電車を飛び降りた。電車はドアを閉め、ホームに二人を残してゆっくりと走り去る。電車を降りてきた人々は、収集箱に切符を入れ、改札を出ててんでんばらばらに歩いていく。
「どうした、ナナコ」
 ベンチに近づきながら、ナナコの様子がへんであることに葵はようやく気づく。
「どっか痛い?忘れもの?亮子さんになんか言い忘れた?」
 ナナコの前にしゃがみこみ、子どもにそうするように葵はゆっくりと、できるだけやさしい声で訊いた。
「アオちん、あたし」
 うつむいたナナコが、絞り出すような声でつぶやく。
「うん、何さ、言ってみ」
 葵はナナコの膝に手をかけて訊く。ナナコは少し顔を上げ、しゃがむ葵と目を合わせた。「あたし、帰りたくない」
 ナナコは言った。
「あたしだって帰りたくないよー」葵は笑ったが、それを遮ってナナコはくりかえす。
「アオちん、あたし帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない」
 ナナコのまるい目玉から、ぎょっとするほど大きな水滴がぼとりと落ちる。
「帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ」
 ナナコは膝に置かれた葵の両手を強く握りしめてくりかえした。

角田光代.対岸の彼女(文春文庫)

ねこです。

かえりたくないひ も ひと は いえ に かえらないと いけないんだって。
すうがく の テスト で 0てん を とった ひ も
のみすぎて かえり が おそくなっちゃって げんかん で オニ が たちはだかる ひ も。

どこかへ いこうと しても ずっとずっと さきまで いけるわけではなく かならず かえらないと だめらしいよ。
そして かえると また すこし さき へ すすめたり なにか に きづいたり なにか を えたりするみたい。

おねいさん は ざんぎょうちゅう
「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」と まいにち の ように つぶやいているそう。
ざんぎょう が なく かえれる ひ に かぎって しゃりょうこしょう で でんしゃ が とまったりするので ざんねん な かんじです。
きょう も「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」とつぶやいているのかも。

おなか すいた。

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