ワンクリ」カテゴリーアーカイブ

まほろ駅前番外地

たしかに、便所見るとわかるんだよね

 岡夫人はようやく真相に気がついた。庭の奥のほうから、謎の液体入りペットボトルペットボトルを持って出てきたらしい助手。助手いわく水分も養分も充分なのに、弱ってしまった椿の木。居心地が悪そうだった多田。
「ごめんなさい。トイレをお貸しするってことを、すっかり忘れてました」
 と岡夫人は言った。
「んー、べつに」
 助手はうまそうに空に向かって煙を吐いた。「多田はどこの家でも、便所は借りないよ。俺はしたくなったら借りちゃうけど、そうすると多田がいやそうな顔するんだよね」
「まあ、どうして?」
「あんまりその家のことを知っちゃうのは、失礼だと思ってるんじゃない」
 助手は弧を描いてカニ歩きした。妙な動きだと思ったが、どうやら風向きの変化に応じて、煙が岡夫人のほうへ流れないよう気づかっているらしい。
「たしかに、便所見るとわかるんだよね」
「なにが?」
「どんな紙使ってるか、掃除してあるか、花が飾ってあったとしたら造花かどうか。そういうところから、そこんちの経済やマメさやセンスや、いろいろが」

三浦しをん.まほろ駅前番外地(文春文庫)

ねこです。

トイレ を みると そのいえ の こと が わかる らしいよ。
おねいさん は こども の ころ いえ は もちろん
えきビル の トイレ や じゅく の トイレ ありとあらゆる トイレ の
トイレットペーパー を さんかく に おること に いのち かけてたって。
どこで しったのか わからないけど つぎから つぎへ と さんかくおり。
あれって「おそうじ おわったよ」の おしらせでも あるので あるいみ めーわく。
ねこ の トイレ は トイレットペーパー ないので おねいさん の いたずらには まどわされませんのだ!

少女

――世界は広い。遠くまで逃げれば、なんとかなるでしょ

 あの日と同じ――。
 国道沿いを走り続け、人気のない日の落ちかけた公園に飛び込み、敦子はようやく足を止めた。
「ここまで来れば、大丈夫」
 大きく肩で息をしながら、敦子が言う。
「なにが……、大丈夫なの?わたしたちが……、おじさん……、刺したわけじゃないのに……」
 わたしも肩で息をしながら答える。走っているときは意識しなかったのに、立ち止まった途端、酸欠状態だ。視界はすっかり晴れ、今度は心臓が悲鳴をあげている。これでいい。魂はここにあるということなのだから。
 敦子が大きく深呼吸した。すっきりとした顔でわたしを見る。
「だって、警察とかに事情聴かれたりするのって、面倒くさいじゃん。こういうときはとりあえず、逃げとかなきゃ。――世界は広い。遠くまで逃げれば、なんとかなるでしょ」
 そう言うと、何がおもしろいのか、ゲラゲラと笑い出した。
 それにつられてわたしも笑った。
 あのときと同じ言葉――。死にたいとばかり思っていたわたしを道場から連れ出した敦子は、ひたすら走り続け、校区外の見たこともない場所で足を止めると、すっきりとしたりりしい顔で言ったのだ。
 ――世界は広い。遠くまで逃げれば、なんとかなるでしょ。
 わたしたちは笑い続けた。カラスの鳴き声がおかしくて、目の前を通りすぎていくカップルの身長差がおかしくて、欠けたベンチがおかしくて、『つぶつぶオレンジ』と書かれた空き缶がおかしくて、笑い続けた。

湊かなえ.少女(双葉文庫)

ねこです。

にげるがかち って ことば が あります。
でも がっこう で ならうことって にげずに たちむかいなさい ってこと ばっかり。
なにそれ いかりシンジくん?
たまには せけん から にげてみても いいんじゃないかな って
ねこは おもうよ。
にげてにげて とおいところまで きたら あたらしい せかい が ひろがるかも。
なにもかも いやに なったら いっそ おだきゅー で にげましょか。
そのさきには はこねゆもと が まってるよ。

グラスホッパー

隠れているんじゃない。満を持してるんだ

「できれば、先に部屋に入って、待ち構えていてほしいんだと」
「待ち構えて?」
「梶さんは、その相手と部屋で二人きりになるのは、なるべく避けたいんだとよ。部屋に入ったらすぐに、終わりにしてほしいそうだ」
「二人きりになるのが怖い、ってのは、可愛い女しか言っちゃいけない台詞だろうが」
「今時、可愛い女の子、なんていねえよ。見たことあるか?」
「見たことはねえけど、どっかにいるんだろ」
「うるせえな。とにかくな、部屋に二人きりになるのが怖いって台詞は、政治家が口にしてもいいんだよ」
「はいはい」蝉は耳の穴を指で掻く。「政治家は何を言っても、罪には問われないからな」
「とにかく、あのホテルってのは、部屋一つに対して、鍵を二つ用意しているらしいんだよ。カードキーな。だから、おまえはフロントでそのうちの一枚を受け取って、部屋に入って、隠れてるってわけだ」
「隠れるのは好きじゃねえんだって」
「蝉ってのは、七年くらい地面に隠れてるんだろうが」
「隠れているんじゃない。満を持してるんだ」

伊坂幸太郎.グラスホッパー(角川文庫)

ねこです。
「まん を じす」とは じゅうぶん に ようい を して きかい を まつこと らしいです。
ゆき が ふると ねこ は こたつ で まるくなるなんて うたわれますが
あれ も じつ は 「まん を じし」てるんですよ?
おうち の なか で たいりょく を おんぞん しておいて
ゆき の ひ に にわ かけまわって つかれている いぬ たち を しりめ に
はれたら あきち ひとりじめ です。
ねこってば いがい と さくし です。