エバーグリーン

私は死ぬまで歩いていける。飛べなくたって、シン君の背中を追って、どこまでだって行けるんだ。

「マジ、十年後な。十年後の今日、三月十四日、ここっ」
 ここ、とシン君が指したのは地面だ。私たちの前に後ろに、何も目印のないあぜ道が広がっている。電柱と、融けかけた雪の田んぼしか見えないこの場所は、約束に向いていないようで向いている。この道は建物みたいになくなったりしないし、何より、どこに立ったって相手を見つけられる。目印なんか要らないのだ。
 私は思わず「ほんと?」と訊き返してしまう。
「ほんとにほんと?本気にするよ。私だけここにぽつんと居て待ちぼうけとかにならない?」
 こんなに食いついていいんだろうか、と思ったけれど、シン君は「だったら、わかりやすく十時にしよう」と条件を付け足してから「ほんと」と言い切った。ぎゅっと口の端を結んで上げる。
「じゃ、十年後」
 そう言ってシン君はピースサインを突き出した。
「うん、十年後」
 ピースサインを返した私は、何故だかにいっと笑っていた。
 自転車のチェーンが鳴る音が小さく聞こえた。シン君がペダルを踏み込む。雪どけの水が染み込んでがたがたになった道を、不安定に走り出す。だんだん遠くなる。
 私は右手のチョキを下ろすと、その場に留まってシン君の背中を見ていた。
 ――シン君が振り返らなかったら、私たちは本当にここで会える。
 心の中で賭けをした。私が見ている間、シン君はついに振り返らなかった。代わりに途中から歌が聞こえてきた。
 風が吹いて、涙の跡をくすぐる。くすぐりながら、乾かしていく。
 あぜ道に沿うように、黄色いカタマリがぽつぽつと見えている。雪が融けたら顔を出す、フキノトウの花だった。
 私は死ぬまで歩いていける。飛べなくたって、シン君の背中を追って、どこまでだって行けるんだ。

豊島ミホ.エバーグリーン双葉文庫

ねこです。

20だい に はいると あっというまに とき は すぎるもので
きづけば 10ねんまえ は ちゅうがくせい でも こうこうせい でもないという ミソジてまえという じき が だれしも に くるそうです。
じだい じだい は おんがく を きく と わりと おもいだせる みたいです。
ちゅうがく こうこうじだい の ともだち と あって なんとなく はなし が つづかないときは
カラオケ に いくと よいよ。
とうじ の うた を うたっても わりと へーきだし
うたいながら あれや これや おもいだしてくるので おすすめ てき。

あのころ の ゆめ は まぼろし に かわっても
おもいで までは いろあせませんのだ。

パラレル

携帯電話もノートパソコンも蝶番で折り畳めるというのは利便ではなく、気持ちと動作が連動することを見越してのことではないかと思う。

 誰だろう。結婚式の女か。名刺を渡した覚えはないが。二度読み返して、あの店で働いていた女だと気づき、座り直す。あの店には女店員が二人いた。すごくいい女と、遅刻してきたまあまあの女と。どちらだろうか。いい方の女をかなり気に入っていたのに、顔がよく思い出せない。
 読むうちに、遅刻してきた方だと分かり少し落胆する。店のママにいわれての、誘客のメールかもしれないと思って読むが、かなりゲームに詳しいようである。
 メールのおしまいの方は、もう二年間も新作を発表していないことを心配し、待望する主旨だった。そんな熱心なゲーマー風にもみえなかったのに。時代は変わった。
(チャーンス!)サオリがことあるごとに叫ぶ台詞が脳裏をよぎる。すぐに返事を出すのはがっついているのが見透かされそうで、少し置くことにする。
 もう一通はK社の元後輩の植松から。「また一緒に仕事しましょうよ」と定期的にメールを寄こし、声をかけてくれる。自分が誰かになにかを待望されているということに戸惑いを感じながら、パソコンを閉じる。携帯電話もノートパソコンも蝶番で折り畳めるというのは利便ではなく、気持ちと動作が連動することを見越してのことではないかと思う。

長嶋有.パラレル(文春文庫)

ねこです。

けーたいでんわ も ノートパソコン も おりたたむ と なぜだか ふぅっと いき を はいてしまいます。
おりたたむ その ちょくぜん まで しんけん な まなざし を むけているからなのかも。
そういえば ファンデーションケース も そうです。

ほん も ぱたん と とじるから よみおえたかん が あるので あって
あれ が もし まきもの だったら よみとちゅうでも よみおえても めんどくさいです。
なるほど ほん と いうのは あれで なかなか かんがえられているのかも しれません。

対岸の彼女

帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ

「ほーらー、ナナコ!次の電車、一時間後だよ!乗ってよー」
 電車の入り口から身を乗り出して葵は叫んだ。けれどナナコは身動きせず、顔も上げない。
 駅員の吹く笛の音がちいさなホームに響き渡り、葵は仕方なく電車を飛び降りた。電車はドアを閉め、ホームに二人を残してゆっくりと走り去る。電車を降りてきた人々は、収集箱に切符を入れ、改札を出ててんでんばらばらに歩いていく。
「どうした、ナナコ」
 ベンチに近づきながら、ナナコの様子がへんであることに葵はようやく気づく。
「どっか痛い?忘れもの?亮子さんになんか言い忘れた?」
 ナナコの前にしゃがみこみ、子どもにそうするように葵はゆっくりと、できるだけやさしい声で訊いた。
「アオちん、あたし」
 うつむいたナナコが、絞り出すような声でつぶやく。
「うん、何さ、言ってみ」
 葵はナナコの膝に手をかけて訊く。ナナコは少し顔を上げ、しゃがむ葵と目を合わせた。「あたし、帰りたくない」
 ナナコは言った。
「あたしだって帰りたくないよー」葵は笑ったが、それを遮ってナナコはくりかえす。
「アオちん、あたし帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない」
 ナナコのまるい目玉から、ぎょっとするほど大きな水滴がぼとりと落ちる。
「帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ」
 ナナコは膝に置かれた葵の両手を強く握りしめてくりかえした。

角田光代.対岸の彼女(文春文庫)

ねこです。

かえりたくないひ も ひと は いえ に かえらないと いけないんだって。
すうがく の テスト で 0てん を とった ひ も
のみすぎて かえり が おそくなっちゃって げんかん で オニ が たちはだかる ひ も。

どこかへ いこうと しても ずっとずっと さきまで いけるわけではなく かならず かえらないと だめらしいよ。
そして かえると また すこし さき へ すすめたり なにか に きづいたり なにか を えたりするみたい。

おねいさん は ざんぎょうちゅう
「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」と まいにち の ように つぶやいているそう。
ざんぎょう が なく かえれる ひ に かぎって しゃりょうこしょう で でんしゃ が とまったりするので ざんねん な かんじです。
きょう も「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」とつぶやいているのかも。

おなか すいた。