月別アーカイブ: 2009年10月

パラレル

携帯電話もノートパソコンも蝶番で折り畳めるというのは利便ではなく、気持ちと動作が連動することを見越してのことではないかと思う。

 誰だろう。結婚式の女か。名刺を渡した覚えはないが。二度読み返して、あの店で働いていた女だと気づき、座り直す。あの店には女店員が二人いた。すごくいい女と、遅刻してきたまあまあの女と。どちらだろうか。いい方の女をかなり気に入っていたのに、顔がよく思い出せない。
 読むうちに、遅刻してきた方だと分かり少し落胆する。店のママにいわれての、誘客のメールかもしれないと思って読むが、かなりゲームに詳しいようである。
 メールのおしまいの方は、もう二年間も新作を発表していないことを心配し、待望する主旨だった。そんな熱心なゲーマー風にもみえなかったのに。時代は変わった。
(チャーンス!)サオリがことあるごとに叫ぶ台詞が脳裏をよぎる。すぐに返事を出すのはがっついているのが見透かされそうで、少し置くことにする。
 もう一通はK社の元後輩の植松から。「また一緒に仕事しましょうよ」と定期的にメールを寄こし、声をかけてくれる。自分が誰かになにかを待望されているということに戸惑いを感じながら、パソコンを閉じる。携帯電話もノートパソコンも蝶番で折り畳めるというのは利便ではなく、気持ちと動作が連動することを見越してのことではないかと思う。

長嶋有.パラレル(文春文庫)

ねこです。

けーたいでんわ も ノートパソコン も おりたたむ と なぜだか ふぅっと いき を はいてしまいます。
おりたたむ その ちょくぜん まで しんけん な まなざし を むけているからなのかも。
そういえば ファンデーションケース も そうです。

ほん も ぱたん と とじるから よみおえたかん が あるので あって
あれ が もし まきもの だったら よみとちゅうでも よみおえても めんどくさいです。
なるほど ほん と いうのは あれで なかなか かんがえられているのかも しれません。

対岸の彼女

帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ

「ほーらー、ナナコ!次の電車、一時間後だよ!乗ってよー」
 電車の入り口から身を乗り出して葵は叫んだ。けれどナナコは身動きせず、顔も上げない。
 駅員の吹く笛の音がちいさなホームに響き渡り、葵は仕方なく電車を飛び降りた。電車はドアを閉め、ホームに二人を残してゆっくりと走り去る。電車を降りてきた人々は、収集箱に切符を入れ、改札を出ててんでんばらばらに歩いていく。
「どうした、ナナコ」
 ベンチに近づきながら、ナナコの様子がへんであることに葵はようやく気づく。
「どっか痛い?忘れもの?亮子さんになんか言い忘れた?」
 ナナコの前にしゃがみこみ、子どもにそうするように葵はゆっくりと、できるだけやさしい声で訊いた。
「アオちん、あたし」
 うつむいたナナコが、絞り出すような声でつぶやく。
「うん、何さ、言ってみ」
 葵はナナコの膝に手をかけて訊く。ナナコは少し顔を上げ、しゃがむ葵と目を合わせた。「あたし、帰りたくない」
 ナナコは言った。
「あたしだって帰りたくないよー」葵は笑ったが、それを遮ってナナコはくりかえす。
「アオちん、あたし帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない」
 ナナコのまるい目玉から、ぎょっとするほど大きな水滴がぼとりと落ちる。
「帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくない、帰りたくないんだよ」
 ナナコは膝に置かれた葵の両手を強く握りしめてくりかえした。

角田光代.対岸の彼女(文春文庫)

ねこです。

かえりたくないひ も ひと は いえ に かえらないと いけないんだって。
すうがく の テスト で 0てん を とった ひ も
のみすぎて かえり が おそくなっちゃって げんかん で オニ が たちはだかる ひ も。

どこかへ いこうと しても ずっとずっと さきまで いけるわけではなく かならず かえらないと だめらしいよ。
そして かえると また すこし さき へ すすめたり なにか に きづいたり なにか を えたりするみたい。

おねいさん は ざんぎょうちゅう
「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」と まいにち の ように つぶやいているそう。
ざんぎょう が なく かえれる ひ に かぎって しゃりょうこしょう で でんしゃ が とまったりするので ざんねん な かんじです。
きょう も「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたいんだよ」とつぶやいているのかも。

おなか すいた。

パーク・ライフ

私ね、この公園で妙に気になってる人が二人いるのよ。その一人があなただったの。

「あなた、いつもあそこのベンチに座ってるでしょ?」
 女が池の対岸を指差していた。枝を伸ばした黒松の下には、たしかにぼくが一人でここへ来るときにいつも座っているベンチがある。
「あなた、あのベンチに先客がいると、嫌がらせみたいに何度も何度もその人の前を通って、この前なんか、先に座ってたカップルの前で、わざとらしく携帯なんかかけてたでしょ?三分くらい大声でしゃべって、そのカップルが迷惑そうに立ち上がったときのあなたのうれしそうな顔、私、未だに忘れられないもの」
 一方的な女の話を聞きながら、その不思議な声に聞き惚れていた。声質というよりも、その声域に魅力があった。
 女は手にハンカチを握っていた。スカーフのように薄い生地には真っ赤な薔薇が描かれている。女が飲んでいるコーヒーの香りがほのかにする。
「私ね、この公園で妙に気になってる人が二人いるのよ。その一人があなただったの。こんなこというと失礼だけど、いくら見ててもなぜかしら見飽きないのよね」
「見飽きないって……、ただベンチに座ってるだけですよ」
「それはそうだけど……」
 女がじっと見つめてくるので、思わず視線を霞ヶ関の合同庁舎ビルへ逸らし、「で、もう一人は?」と空に向かって尋ねた。

吉田修一.パーク・ライフ(文春文庫)

ねこです。

じぶん では きづかないけど だれか に じっと みられてたりってこと よく あります。
おねいさん は よく かお を おぼえられるそうで
たま に かう くらい の おみせ でも
おみせ の まえ を とおっただけで てんちょうさん に あいさつ されます。

さらには しんてんオープン の みせ で ほか の おみせ から てつだい に きてた ひと に
「このまえ しぶや の おみせ に きてましたよね!?」
と かくしん を もって いわれちゃう くらい。
もしかしたら おねいさん は ほか の ひと と ちがう オーラ が でちゃってるのかも。

でも そこから はじまる ミラクル は いまのところ ないので あんまりにも ざんねん です。