参加型猫

大人にさえなればどこにでも行けて何でもできるような、そんな壮大な万能感を抱えていた。

「そういえばさ、遠足の弁当には、必ず厚焼き卵が入ってたなあ」と言うと、
「へえ。私はいっつも水筒にカルピス入れて持っていってたなあ」と沙可奈が言った。
「え?カルピス?そんなの持ってってよかったの?」
「ううん。もちろん、駄目だったの。見つかったら、先生に叱られちゃうんだけど、どうせばれっこないじゃない?だいたいさ、何でカルピス持ってくのがいけないのよねえ?山や高原を歩いていたらエネルギーを消耗するから、うーんと甘い飲み物で血糖値上げなくちゃやってられないじゃない?」
「まあ、そうとも言えるよね」
「ただモンダイはカルピスだけ飲んでると、さらに喉が渇いちゃうってことだったな。だから、他の子が持ってきたお茶や水と交換したりもしてた。皆、カルピスを飲みたがるものだから、私、遠足ではいつもちょっとしたスターだったのよ。そんなにカルピスが好きなんだったら、自分で持ってくればいいのに。何だかんだいっても、皆、気が小さいのよね」
「ふぅん」
 そう言われてみると、勘吉もカルピスが飲みたくても自分では持っていけないタイプの子供だったような気がする。あの頃は今よりずっとからだも小さくて、自分より遥かに大きく見える先生が怖くて、行動範囲が恐ろしく限られていて、自分の自由になる金銭も少なく、遠足ごときで興奮できて、日々の時間の流れがじれったいほど遅く、ひとりでは何もできないのだという救いのない無力感を常に常に覚えていたと同時に、大人にさえなればどこにでも行けて何でもできるような、そんな壮大な万能感を抱えていた。世界の肌触りは確かに今とはまるっきり違っていた。どちらがいいということでもないけれど、やはり大人になって少しは生きるのが楽になったろうか。

野中柊.参加型猫(角川文庫)

ねこです。

おねいさん も こども の ころ は ずんずん あるいて いっても となりまち だったり
みんな で じ てんしゃ で はんにち かけて がんばっても 4つさき の まち だったり
がんばっても たいして すすめません。
こどもって おもってる いじょう に いがい と むりょく です。
おとな に なったら せかいは ひろがる
そう おもって いたけれど
おねいさん は いきつけ の おしゃれなバー とか かくれがてきな きっさてん とか
ぜんぜん ありません。
そういうの あると ちょっと かっこいいよね。
いつか いきつけ の おしゃれなバー とか つくりたいものです。

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