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倫敦スコーンの謎〈小市民〉シリーズ

わたしたちだって、おにぎりの本場はどこかって訊かれたら困るでしょう?

「話に水を差すようだったら、ごめん。ごく単純な疑問なんだけど、そもそもスコーンってロンドンのお菓子なの?」
 すると、それまでキッチンを見つめていた小佐内さんが目だけをぼくに向け、声を殺して言った。
「小鳩くん。いきなり怖いこと訊かないで。わたしはお菓子の研究家じゃないの」
「怖いことだと思わなかった。ごめん」
「スコーンは、スコットランドで生まれたみたい」
 あれ。研究家じゃないからわからないって話じゃなかったのか。
「じゃあ、スコットランドの名物なんだね」
「とも言い切れなさそう。スコーンにジャムとクロテッドクリームを添えて紅茶のお供にするクリームティーは、イングランドの西の方で誕生したんだって」
 ふむ。
「じゃあ、現代風のスコーンは西の方の名物なのか」
「でも、クリームティーを含む、午後に軽食を食べるって習慣は、そもそもイングランド中部の貴族が始めたもの」
「……」
「ところがお茶を飲む習慣それ自体は、ポルトガルから伝えられて王宮から広まっていった。つまりロンドン」
 ぼくが困惑しているのが楽しいのか、小佐内さんはちょっと悪戯っぽく小首を傾げる。
「スコーンとお茶の組み合わせは、イギリス中のあっちこっちで生まれたすてきなものを柔軟に取り入れた、オールブリテンって感じの習慣じゃないかなってこと。わたしには、どこが本場とも言いにくい。例として適切かわからないけれど、わたしたちだって、おにぎりの本場はどこかって訊かれたら困るでしょう?」

米澤穂信.倫敦スコーンの謎〈小市民〉シリーズ(創元推理文庫)

ねこです。

おにぎりの ほんばは ねこには わかりません。
そして せかいはつの おにぎりは うめだったのか しゃけだったのか。
はたまた いちぶの しりょうでは さいきょうの おにぎりとも しょうされる
ツナマヨだったのか。
きになりまくりです。

むかし おねいさんが おひるごはんに おにぎりを つくってもっていってたころ
ていばんの ぐが ありました。
しゃけフレーク、しらす、のりのつくだに(からいやつ)、たべるラーゆ。
なかでも たべるラーゆおにぎりは やばいです。
まず、あぶらが しみて もれます。
あぶらを きって ぐだけを いれたつもりでも しみもれてきます。
ラップにじゅうまき ひっす。
そして からうますぎて いっきに たべてしまい、のどに つまります。
しの よかん。
なにもかもが ギルティ。

あまりに つみなので ふういんされた おにぎりなのでは?と
かんちがいしてしまうほどです。
もしかしたら せかいはつの おにぎりは たべるラーゆだった かのうせいも
あるかもしれません。
すうせんねんの ときを こえて ふっかつした でんせつの おにぎり。

これはもう ほうのうすべき おにぎりな きがしてきました。
でも あぶらが しみて よごしてしまう かのうせいが あるので やめておきます。

黒牢城

弓と馬が武士の表道具ならば、裏の道具は勘と運であろう

「摂州様。牢の中からひとを殺すというのは、存外、難しいことではござらぬな」
 村重は、刀の柄に手を置いたままである。
「殺したのは儂じゃ。おぬしは儂を道具にしたと言うか」
 官兵衛は答えなかった。
 村重は暫時、迷った。村重は屈強の武者で、智謀の士でもある。だがかれは、おのれが摂津国主にまで上ったのは、誰よりも勘がよかったからだと考えている。弓と馬が武士の表道具ならば、裏の道具は勘と運であろう。その勘はいま、ここですぐに官兵衛を殺せと告げている。

米澤穂信.黒牢城(角川文庫)

ねこです。

つめと ねこパンチが おもての どうぐなら
うらの どうぐは きゅうかくと きびんさです。
きほんてきに おもての どうぐも ひけびらかしたり しませんが
うらの どうぐは だれにも ないしょです。

うらの どうぐ じつは べんりです。
するどい きゅうかくで おいしい においや あやしい においを かぎわけます。
とくに おいしい においは とくいぶんや!
そして おいしい においの ときは シュシュッと きびんさで ちかよります。
ねらった えものは にがさない しんしゅつきぼつの なんとやら です。
あやしい においの ときは はらりと ひるがえし
そのばから たちさります。
にげあしの はやいやつだぜって いわれること かずしれず。

うらの どうぐ けっこう だいじなので
これからも みがきつづけたいです。

いまさら翼といわれても

きつい思いをした後に誰かが迎えに来てくれるのは嬉しいものだ

「……まあ、来るとは思います」
 毒気を抜かれたように、横手さんはぽかんとした顔つきになった。
「ではなぜ、捜しに行くなどと言うのですか」
 知れたことを。
「きついでしょうから」
「きつい?」
「わかりませんか」
 跡取りがどうのこうのという話はわからないが、あいつの責任感が強いことは俺も知っている。その千反田がいったん乗ったバスを降りて姿を消したというなら、そこにはなにかよほどの理由があるはずだ。その理由を、俺は「気の迷い」とは表現したくない。
 確かに横手さんの言うとおり、あいつは必ず出番に間に合うように現われるだろう。しかしそれは、真っ白な顔で姿を消すだけの理由を、責任感でねじ伏せようと格闘し続けた結果なのだ。逃げ出したい、だけど行かなくては、行かなくてはと自分に言い聞かせて。──きつくないわけがない。
 きつい思いをした後に誰かが迎えに来てくれるのは嬉しいものだ。だったら行ってやるのは、あながち、やらなくてもいいこととは言えないだろう。

米澤穂信.いまさら翼といわれても「古典部」シリーズ(角川文庫)

ねこです。

きつい おもいを したあとに むかえに きてくれるの うれしい、
ちょっと わかります。
なんかこう きもちの メーターが 0になりつつあるときに
むかえに きてもらうことで ぐんと 80くらいまで かいふくする
そんな イメージ。
おむかえって そのために あるといっても かごんではないです。
ねこも パトロールで あまりに とおくに きてしまったときに
へとへとだし さみしいし あまりに きついので
ぜひとも おねいさんに むかえにきて もらいたいものです。

ところで「おむかえ」って「おむすび」っぽくない?
なにか かんけーある?