男ともだち

春は柔らかい色をしているくせに寒い

 ハセオも私も常に恋人がいたのに、なぜかいつも一緒にいた。ハセオが大学を卒業して、それとなく離れていくまで。だから、思い返してみると、いつも、といっても一緒にいたのはたった二年ほどだったのだ。それなのに、大学の記憶を辿ると、景色の中にいつもハセオの姿がある。
 最後に見た日は私の卒業式だった。
 構内は華やぐ袴姿の人の群れで溢れていて、あちこちで桜が散っていた。
 桜の開花の早い年だった。濃い桃色の河津桜はもちろんのこと、私の好きな大島桜も白い花を咲かせていた。
 同じ学部の仲間たちと卒業証書を持って写真を撮り合った。笑ってはいたけれど、本当は寒くて早く終わらないかと思っていた。春は柔らかい色をしているくせに寒い。輪郭がおぼろで胸のうちがさざめく。

千早茜 男ともだち(文春文庫)

ねこです。

3がつ、4がつと はるいちばんが ふいたり さくらが さいたり
あきらかに きせつは はる!って かんじなのに
いがいと きおんは あがらず かぜは つめたく はるっぽく ないことが おおいです。
でも その さむさが そつぎょうしきや にゅうがくしきの おもいでを いろこくしているのかも。

こうこうの そつぎょうしきの ころは
ひっこししたり きょうしゅうじょに かよっていたり
がっこうがいのことが いろいろありすぎて よけいに そつぎょうしきの きおくが ありません。

そもそも おねいさんは そつぎょうしきのあと そっこー いえに かえっていたので
そつぎょうしきの おもいでは あんまり なかったりもしますが。

そんなわけで そつぎょうしきの おもいでは あんまり ありませんが
しょうがっこうの そつぎょうしきのあと こうはくまんじゅうを もらったのは きおくにあるみたい。
だんしが そつぎょうしきのあと そっこー たべてて おやに おこられるまでがセット。
おねいさんの こうはくまんじゅうは どうしたのか おぼえていませんが
ちょっぴりしょっぱいぶん あまさが ひきたっていた
そんな きが するのです。


パズル

他人のことはパズルだと思うよりも、天気だと思ったほうがいい

 ぴったり当てはまることなんてあるわけないんだから、大体でいいんですよ、大体で。ちょっとくらい折り曲げたり、はみ出したりするくらいで付き合っていくのがいい。相手についても同じ。自分の理想にぴったり合致するような言動をしてくれる人なんていないんだから。ぴったりじゃなくても、大雑把にはめこんだらパズル完成、くらいに思っていたほうがいいかも。母はそう言ったらしい。母自身が人生の中で学んだことだったのかもしれない。
「他人のことはパズルだと思うよりも、天気だと思ったほうがいい、とも言っていた。頑張って、ピースを探すのがパズルだけど、天気は自分の力じゃどうにもできない。晴れるのも雨が降るのも操作はできないから、逆にこっちでそれにいかに合わせるか、いかに楽しむかしかないんだって」
 頑張ればパズルはどうにかなるかもしれない。一方で天気は努力ではどうにもならない。
「分かるような分からないような」
「僕もだ」

伊坂幸太郎.パズル

ねこです。

はれオトコとか はれオンナとか ナツオトコとか ナツオンナとか
よのなか いろいろ いますが さいきん あめに ふられっぱなしの おねいさん。
おねいさんが さんぽに でかけると ゲリラごううってやつが あらわれます。
これって やっぱり あめオンナってことですか?
ゆきオンナと どっちが つよいですか?
カミナリおやじとは ともだちですか?

こうやって ならべてみると あめオンナは ぜんぜん つよくなさそう。
もっと じゆうに あめを よべたなら こだいの にほんでは
かみさまに なれたかもと かんがえると じつは すごい のうりょく。
でも いなほを なぎたおすほどの ごううは ノーサンキューかも。
ざんねん きわまりない。

ちなみに おねいさんは とつぜんの ごううに おおよろこびする タイプ。
ちゅうとはんぱな あめが ふるくらいなら どしゃぶってほしい。
びしょぬれになった あげく かぜをひくまでが セット。
もうすこし オトナに なってほしいものです。

悪いものが、来ませんように

子育てって、もう一度人生を生き直す感じなの

 最近つくづく思うのよね、やっぱり子どもを産むことが女の一番の幸せなんだなって。
 鞠絵も子どもを産んで変わったよね。子育てって、もう一度人生を生き直す感じなの。自分も通った道を辿っているはずなのに、新しい発見がたくさんある。親になることで人間的に成長する部分って大きいよ。
 梨里と紗英の子が遊んでるところを見るのが私の夢なの。どう?そろそろ叶えてくれる気にならない?
 こんなにやりがいがある仕事は他にないんじゃないかと思うの。だって母親っていう存在には代わりがいないでしょう。
 冗談や世間話に交ざりながらも事あるごとに重ねられてきた奈津子の言葉が、頭の中をぐるぐると回る。働いたこともないくせに、どの口が言うの、とかろうじて蔑むように思う。なのにそう思うそばから、虚しさがこみ上げてきてしまう。
 ──だって、わたしは、子どもがほしい。

芦沢央.悪いものが、来ませんように(角川文庫)

ねこです。

じぶんが なしえなかったことを こに たくす
みたいなのを よくみます。
ピアノを ならわせたり やきゅう やらせてみたり
よくわからない こどもの うちから おやの いこうに そって
きづけば いろいろなこと やってたり。
でも こどもは こども。
かならずしも おなじものを すきになるとは かぎらないのです。

おねいさんの きんじょの こに、かいがと、スイミングと、えいかいわを
ならっている こが いましたが、
とうの ほんにん どれも あまり きょうみが ないようで
どれも ちゅうとはんぱに なってました。

おやの こころ こしらず、この こころ おやしらず。

ねこは もし こどもが うまれたら
たいやききょうしつに かよわせて たいやきを じょうずに やけるように なってほしいです。
あ でも こどもが たいやき すきじゃなかったら たいへんです。
しっかり このみを きいてから たいやきにするか いまがわやきにするか かんがえます。