さよならの次にくる 新学期編

操り糸の存在に最後まで気付かないのは、操り人形自身である

「まだ来てないようだね」 いきなり門の中から声がした。振り返ると伊神さんが立っている。この人はどうしてこう、人の背後から出現するのか。
「……動機、見当つきましたか」
「いや、それがどうも難しいんだよね」伊神さんは苦しげな顔になる。「なぜか、分かってたまるか、という気までしている」
 いつも自信満々なこの人が、珍しいこともあるものである。しかしそれよりも、先に訊くべきことがあった。「『ジェシカ殺人事件』のことなんですが、僕、まだよく……」
「まだ分からないの」伊神さんは何やら珍奇な動物を見る目で僕を見た。それから、自転車の壊れた部分を探すように僕をじろじろと見る。なるほどねえ、と言って頷いた。
「操り糸の存在に最後まで気付かないのは、操り人形自身である」

似鳥鶏.さよならの次にくる〈新学期編〉市立高校シリーズ(創元推理文庫)

ねこです。

ふつーの あやつりにんぎょうは ひもで つながっているので
きづいてるっちゃー きづいてる きが しなくもないですが
このばあいの あやつりにんぎょうは ひゆってやつで
あやつられてる じんぶつってことで ねこも りかいしてます。

だいたい あやつられているうちに いとが もつれてきて
あやつりにんぎょうじたいも きづいたりしてます。
ヒムロックふうに いえば「きぶんのままにおどりな」ってやつ。

ねこは だれの あやつりにんぎょうでもありませんが
チュールを みると こおどり します。
チュールに「きぶんのままにおどりな」っていわれているようです。

これも チュールに あやつられてるとも いえるかも?

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