ブラバン

「アホ。誰がやる言うた。貸すだけじゃ。死んだら返せ」

 さらに三十分も経ってから、ようやく辻さんが戻ってきた。ロビィに現れたその姿は、僕が見てきた彼の姿のうち最も神々しかったといえる。右の肩に革のストラップを引っ掛け、左手ではあの愛用のエレキベースのネックを支えていた。僕のなかの無邪気で短絡的な僕が、ほら、やっぱり弾けるんじゃないかと歓声をあげたほどだ。しかしベースのボディを抑えつけている右腕の先には、先刻までと変わらぬシャツの結び目があった。
「他片」テーブルの前に来た彼は、左手だけで軽々と楽器を捧げた。二十五年前の僕が、遠くから近くから、その水面を漂っているような鈍い輝きを見つめ続けた、継ぎ接ぎベースだ。「聞きゃあおまえ、楽器も無いいうじゃないか。俺の後輩が無様なことすな。はあケースも捨ててしもうたが、繫げば音は出るじゃろ。持ってけ」
 僕は起立し、かぶりを振った。「貰えません」
「アホ。誰がやる言うた。貸すだけじゃ。死んだら返せ」

津原泰水.ブラバン(新潮文庫)

ねこです。

「だれ が おまえ に やる と いった。かすだけだ」
って セリフ は しょうせつ に かぎらず ドラマ や まんが でも よく でてきます。
「しんだら かえせ」
の ぶぶんに てれ と せんぱいとしての いげん みたいな ものが みえかくれ していて フフフンって かんじ です。

そういえば ねこ は このまえ おねいさん から あたらしい くびわ を もらいました。
うれしくて よろこんで いたら
「だれ が ねこ に あげる と いったの?かすだけだよ」
と いわれました。
がーん。

でも くびわ を かえした あと おねいさん は あの くびわ を なにに つかうのか……
ねこは き に なって よる も ねむれません。

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